Google Waveはいったい僕らの生活をどうしてくれるんだ!

Google waveが本当に凄いところを読んでGoogle Waveというかコミュニケーションの未来をちょっと妄想してみた。(Google Waveはプライベートβで私はまだ試したこともないのでドキュメントと動画を見た上での妄想です)

コミュニケーションの進化

これまで私たちのコミュニケーション手段はテクノロジーの進化によって便利に・早く・表現豊かになっていった。
手紙では2,3日に1通だったのが、emailで1日数通に、ケータイで分刻みに、メッセンジャーMMORPGでは複数人と文字を超えたリアルタイムコミュニケーションを手に入れて、Skypeではついに用も無いのにずっと複数人と繋がりっぱなしになってしまった(最近はケータイでもやる人がいるね)。

Google Waveはそのコミュニケーションの発展の次のステップにあるような気がしてならない。Google Waveでは秒単位のリアルタイム性で複数人と同時にコミュニケーションできる。メッセンジャーみたいにwiki・表・ゲーム・音声・動画をリアルタイム共有だってできる。みんな大好きYoutubeニコニコ動画へコメントだってきっと誰かがやってくれる。orkutに乗せるSSもあったので、きっとSNSの上に友達リストも取り込んでしまう気なのだろう。

人のコミュニケーション欲求はすごい。こんな夢のようなツールが登場したら、すぐに飛びついて中毒になるだろう。だからこそ私はそれが怖い。コミュニケーションが際限なく発展していった結果、人はどうなってしまうのか。

テクノロジーの恐怖

私は入力中の文字ですら表示されてしまう完全なリアルタイムに恐怖を感じる。チャットで文字を書いて、それを投稿する前に消してしまうことがかなりある。タイピング中の文字というのは、発言する前の発言、頭の中で考えていることなのだ。つまり、私にとってタイピング中の文字を共有することは、頭の中をさらけ出すのと同義なのだ。
Face to Faceの会話だって、親しい人同士なら考えないで喋るけど、話し相手との心理的距離が開けば開くほど、その人のキャラや立ち位置を考えながら喋るようになるものだ。知らない人には自分の頭の中をさらけ出せない。たとえ素晴らしい下ネタを考えたとしてもそれを口に出すかどうかは人を選びたい。

Google先生はきっと使う人が使いやすいように、ログを永遠にためて、検索できるようにするだろう。それは一瞬便利に思えてしまうが永遠にログを残すことが怖い。人は矛盾する生き物。そのときそう思ってそう発言したとしても、次の日には別の考え方になっているのが人間。それをいちいちログとつき合わされたら溜まったものじゃない。30歳になってたまたまチャットのログを検索したら、10代のころ中二病のころに友達と交わしたチャットログが検索に引っかかってしまったら・・・おそらく死にたくなるだろう。

それでも

私は早くGoogle Wave使いたい。なぜなら、テクノロジーに人間が支配される流れは止められないだろうという考えが私の根底にあるからだ。テクノロジーの進化によって手の届かない場所のものを動かし、目に見えないものを操るという全能感を誰よりも早く味わいたいのだ。もちろんちっぽけな自分という無力感もね。
完全なリアルタイム性に完全なログを持つコミュニケーションツール手に入れたとき、ついにテクノロジーFace to Faceの会話以上の表現力を持つ瞬間かもしれない。
そしてGoogle Waveがすべての人間を支配したとき、Googleという怪物の前にすべての人は裸になり、ただ思考を共有する装置になるのだ。
誰か私にGoogle Waveアカウントを!


6月23日追記:
ついにWaveアカウント届きました!
 Get Ready to Wave - Happy New World